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読書会「おもしろ本棚」のメンバーが、思い思いに「本」「映画」「モノ」「コト」を素顔で語ります☆

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おもしろ本棚 Ver.2 <よりみち篇>
「おも本」メンバーが、本・映画・ドラマなどなど、熱く思い入れを語る<よりみち篇>。
『日の名残り』


ハヤカワepi→こちら
(私は中公文庫で読んで、表紙もそっちが好きだけど、中公版はもう絶版なのですね。)

カズオ・イシグロの『日の名残り』は、一人称の素晴らしい小説だ。
今世紀初頭からイングランドの名家に執事として仕えた男の回想録の形を取りながら、品格とは何か、執事たる者はどうあるべきか、歴史と人の係わり、階級の果たすべき役割についてなど、大英帝国の落日の日々を描いた小説として評価が高い。
一方で、執事という特殊な職能を担う男の半生記として、そのあまりにも生真面目で不器用な性格描写が読者の腹筋をくすぐって止まない、ユーモラスな恋愛小説と言い切ることもできる。
 
 
1993年の映画でアンソニー・ホプキンスが巧みに演じたことが却って災いして、主人公は堅物であるだけでなく外見もパッとしない人物であるかのように思い込みがちだが、本を読んでみると、どうやらこの男は意外に容姿端麗なのではと想像されてくる。
そんな彼が背筋を伸ばし、緊張感を持ってきびきびと立ち働く姿は、相応の女性たちの気を惹かないことはなかったろう。
だが彼は、女中頭のミス・ケントンに一方的に惚れられるものの、彼女の再三のシグナルを一向察することができず、自分が彼女に想いを寄せていることにすら最後まで気がつかない、いや気づこうとしない。
20年前に館を去った彼女を求めて、わざわざ主人に借りた車で泊りがけの旅までしておきながら。

しかし私は、そういう二人の恋愛模様よりもやはり、この小説のオモテ面というべき、主人公が展開する品格論に興味を覚える。
プロとはどうあるべきか、品格が備わるとはどういうことか。

「プロフェッショナル」という言葉はしかし、この小説では別の意味で使われる。
主人公の奉職する館で非公式な会議がもたれ、英国の紳士のみならずヨーロッパ諸国やアメリカのキイパーソンが招かれて、来るべき国際会議での第一次大戦後のドイツの処遇についての論調をある方向に導くためのロビィ活動が行われた。
その席で、アメリカの世論を代表する人物が、「これからはプロの時代だ、あなたたちのように上品でナイーブな戯言ばかり述べ立てるアマチュアの出る幕ではない」と言い放つ。
すると館の主は立ち上がり、それに答えて静かに言うのだ。
「あなたが先ほどおっしゃったアマチュアリズムというものを、ここにいる我々の大半は、いまだに「名誉」と呼んで尊んでいるのです」

・・・主人公の眼前でつかの間輝いた、落日に向かう高貴なる人々の最期の光芒。
この作品の中で際立って厳かで、また痛みを感じるほどに美しい場面だ。

そしてこの名誉ある晩餐会のさなか、主人公の、これも執事であった実父が死を迎えようとしていた。
最期を看取るため、部屋へ戻るようミス・ケントンに促される主人公。
しかし彼は、あとを召使いたちに任せて、まさに今世界を動かさんとしている宴会場へ戻って、主人の意図を汲み、客人たちの注文に応え、この会議の裏方を完璧に差配する。
もし尊敬する父であれば、もし彼にとってのヒーローである伝説的執事たちであったなら、そうしたであろうと彼が信じるとおりに。
品格をもって。

ここで作者は素晴らしい筆の冴えを見せる。
すべては主人公の一人称で語られるにもかかわらず、会議の様子も、病人の容態も、彼を見守る女中たちの焦りも、そして主人公の表情に至るまで、読者はまるで俯瞰で見るかのように情景を思い浮かべることができるのだ。
父の臨終にもかかわらず職務を全うする自分を、もう一人の自分が見ている、その「もう一人」の視点は、読者に提供されている。

同じく一人称で書かれた『わたしを離さないで』を読んだ時に、主人公が誰に対して語った物語なのだろうとあれこれ想像してみたことがあったが、『日の名残り』は、主人公がミス・ケントンに会いにゆく旅の道中に、少しずつ書き溜められた手紙の体をなしている。(しかしミス・ケントンに宛てられたものではないことは明らかだ。)

では、この手紙を、主人公は誰に書いているのか。

私の想像はこうだ。
物語のもっとあと、つまり主人公が執事を引退してから、それまでの雇い主から拝領した幾ばくかの慰労金でどこか小さな村にヴィラを買い、晩年の身を養いながら、あの旅の日々に立ち返って回想録をしたためたのではないか。
敬辞 "Dear " につづく言葉は、空白のままおかれたに違いない。
さほど遠くない町の文房具店で購められる限りの上質な便箋に、愛用の万年筆を静かに走らせて書いた回想録。
それは、過ぎ去った日々への恋文。
書き終えた手紙を、彼は白い封筒に入れて封をして、そのまま机の引き出しにしまうだろう。
この手紙が人の目に留まることは彼の美学には反するであろうから、死が近づいた日に、「あの封書はそのまま燃やしてほしい」と誰かに頼むかもしれない。

書かれなかった宛名は、”Dear Old Days” といった風なものではなかったろうか。

●44ヨシモト mixi → コチラ



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テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

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