♪おすすめ Blog

カテゴリ

最新コメント

Link

ブックオフオンライン【PC・携帯共通】

このブログをリンクに追加する

プロフィール

おもしろ本棚

Author:おもしろ本棚
読書会「おもしろ本棚」のメンバーが、思い思いに「本」「映画」「モノ」「コト」を素顔で語ります☆

検索フォーム

月別アーカイブ

QRコード

QR

おもしろ本棚 Ver.2 <よりみち篇>
「おも本」メンバーが、本・映画・ドラマなどなど、熱く思い入れを語る<よりみち篇>。
『羆撃ち』
羆撃ち (小学館文庫)羆撃ち (小学館文庫)
(2012/02/03)
久保 俊治

商品詳細を見る


小学館文庫→こちら

『野性の呼び声』など、ジャック・ロンドンの作品を集中して読んでいたら、友人が、北海道のハンターが書いたというこの本を紹介してくれた。
読んでみてあまりの臨場感に、これは小説ではないのかと逆に疑ってしまうほどだった。
事実は小説より奇なり、しかれども圧倒的な事実は、事実を超えてもはや小説の態をなすというくらいに。
 

 
「羆がそわそわしだした。こちらを観ながらゆっくりと傾斜を登りはじめる。薬室に弾を送る。カチッという小さな音。羆は横向きになってこちらをジーッとうかがっている。銃身を木の幹に押しつけるように固定してその横胸に狙いをつける。引き金にかけた指に力を静かに加えていく。
 銃声。羆の体が膨らんだように見える。命中した「ドッウン」という鈍い音が返ってくる。羆は銃声が谺して響き渡る沢の中を、緩い斜面の下方に向かって走る。30メートルほど走ってそのまま前につんのめり、丸まって倒れた。銃のレバーを操作する。火薬の匂いと一緒に空薬莢がチーンと飛ぶ。次弾を薬室に送り、崩れた羆に静かに近づく。至近距離から頭に留め矢を入れる。その音が獲物を得たことを祝ってくれているかのようにあたりに谺する。
 最後の谺が消えてしまうと、沢はまた元の静けさに戻った。すぐ脇のササ薮では、まるで何事もなかったかのように、ウグイスが大きな声で鳴き出した。
 死んでいることを確認して、薬室から弾を抜き出す。倒れた羆のそばに腰を下ろし、眺めながら、羆の匂いと血の匂い、そしてまだうっすらと漂っている火薬の匂いのする中でタバコに火をつけた。青い煙がゆっくりと空に昇っていく。」

「羆を仰向けにして山刀の峰で皮に筋目を入れてから、腹を裂き、内蔵を取り出す。胆管を綿糸で縛ってから、胆囊を肝臓から切り離す。肺と膵臓はそばの木に掛け、他の動物に残し、胃と腸は内容物を出して流れできれいに洗い、胆囊、肝臓とともにテントに持ち帰ることにする。
 皮を剥ぎ、すっかり解体も終え、肉を雪の中に埋めてから、帰り支度に入る。内臓を丁寧に包んでザックに入れ、外側に皮をたたんでくくりつける。背負うと獲物の重さが肩に食いこむ。軟らかくなった雪を踏みしめ、一歩一歩尾根に向かって登る。」

   

長々と書き写したが、久保俊治『羆撃ち』(くまうち)は、かように冷静明晰な文章が淡々と続く、現役ハンターの、森の香りと獣の匂いに満ちたノンフィクションだ。
表紙のかわいらしいイラストに騙されてはいけない。

1947年に小樽で生まれた著者は、日曜ハンターでもある法律家の父の手ほどきで幼いころから猟に親しみ、大学在学中にプロのハンターとして生計を立てることを決意する。
狩猟免許証と銃所持の許可証、そして父から譲り受けた古い村田銃が、彼の成人の証だった。
道東の標津(しべつ)に本拠を置き、2月中旬から3月終わりの禁猟期間を除いたほとんどの時間を、ライフルを担ぎ山に入ってキャンプとビバークを繰り返し、季節によって罠をかけ、牡鹿や羆を追い、肉や毛皮や胆のうを売って暮らした。

数年で瞬く間に腕を上げた彼は、自ら猟犬を育ててみたいという長年の夢に着手する。
犬はそれを使う者の技量以上には決して育たない、優れた猟犬とは一生のうち一匹出会えるかどうかだと謂われる中、著者は羆猟に対する自らの技量と考え方のすべてを、一頭の犬に注ぎ込んでみたいと願っていた。
そして素晴らしい素質を持った雌のアイヌ犬と出会い、アイヌの火の女神の名から「フチ」と名付け、絶対的なパートナーとして共に山で暮らすことになる。

20代の後半に、著者はもう一つの夢であった、プロハンターの本場アメリカへの単身武者修行に出る。
初のアジア人として入った養成学校では群を抜く成績を上げ、卒業後はプロとして1シーズンを彼の地で過ごすが、70年代のアメリカには、彼のようなハンターはすでに絶えていたようだ。
多様な自然動物に、保護とビジネスのバランスが上手く保たれてはいたが、泥臭い狩猟のスタイルは過去のものとなっており、狩猟は動物よりも客を相手にしたものになっていた。

結局私が感じたところ、20代から30代のはじめ、里を離れ山に籠って猟の腕を磨き、地形や風の匂いや足跡から獣の行動と同化して無の境地で獲物を追い、かつ著者の理想を完璧に実現したフチという犬とともに山で暮らした10年が、彼にとって、いやすべてのハンターにとって、奇跡のように輝いた時代だったのだろうと思う。
誰にでもあるかもしれない、かけがえのない日々。
彼にとっては、山と猟獣と猟犬と過ごした年月が、自身の一生を支配し、我々読者の心をも魅了した。

それにしても、イヌという動物には感嘆させられる。
なぜに彼らはかくも賢く、主人の意思や命令を完璧に理解し、全力で主人に応えようとすることができるのか。
(そして、なぜに彼らの寿命は、我々よりも圧倒的に短いのか!)


職業文筆家でない著者の、これはほとんど唯一の著作だが、その描写力、特に獲物を追いつめる際の一挙手一投足、そして匂いと音の描写に舌をまく。
かつて沢木耕太郎が、『凍』を書く際に話を聞いた登山家、山野井泰史氏の詳細を極める記憶力に感嘆していたが、肉体と魂を限界まで削ぎ落として過酷な自然状況下で単身生きる者の、それは必須の能力なのかもしれない。
そして、キャンプ中は司馬遼太郎に読み耽り、渡米を決意してからの2年間はそれに替えてひたすら段ボール一杯の英語の資料を読みこなしたというインテリジェンス(彼は早くに狩猟者を志していながらも、小樽商科大学を出ている)も、当然この著作に生きているだろう。
上に長く引用したように、その文体にはまったく無駄がなく、清冽でかつ心地よいリズムをきざみ、すぐれて内省的、思索的だ。
名文と言っていいと思う。

「この羆のように、自然のサイクルを外れて、獲物となって斃れたものの生きてきた価値と意味はどうなるのか。だから私は、斃し方に心がけ、解体に気を配る。肉となって誰に食べられても、これは旨いと言ってもらえ、自分で食べても最高の肉だと常に思える獲り方を心がけ実行しなければならない。斃された獲物が、生きてきた価値と意味を充分以上に発揮するように、すべてを自分の内に取り入れてやる。私の生きる糧とするのだ。」

●44ヨシモト mixi → コチラ
スポンサーサイト

テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://marmadays.blog2.fc2.com/tb.php/829-87511406
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)