♪おすすめ Blog

カテゴリ

最新コメント

Link

ブックオフオンライン【PC・携帯共通】

このブログをリンクに追加する

プロフィール

おもしろ本棚

Author:おもしろ本棚
読書会「おもしろ本棚」のメンバーが、思い思いに「本」「映画」「モノ」「コト」を素顔で語ります☆

検索フォーム

月別アーカイブ

QRコード

QR

おもしろ本棚 Ver.2 <よりみち篇>
「おも本」メンバーが、本・映画・ドラマなどなど、熱く思い入れを語る<よりみち篇>。
ハッサン・バイエフ 『誓い』
誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語
(2004/05/25)
ハッサン・バイエフ

商品詳細を見る

 
この本を、例えばそこいらを歩いている高校生に読ませてみるとしよう。
彼は、ページをめくるたびに、いや場合によっては同じページで二度三度、こう叫ぶはずだ。

「ありえねぇーー!ありえねぇよ!!」
そしてさらにこう言うかもしれない。
「やべぇ、この本、おもしれぇ!」
 
 
 
ハッサン・バイエフ 『誓い』。
「誓い」とは、かの有名なヒポクラテスの誓い、つまり、治療に力を尽くし、死の介助をせず、
堕胎に手を貸さず、性別や身分によって差別せず、秘密を守る、もしこの誓いを破るならば
その逆の報いを受けるよう、という今もって医師の倫理の根幹をなすとされる神聖な誓いを指している。
著者ハッサン・バイエフは医師である。
しかも、ただの医師ではない。
彼を取り巻く環境が、そうさせなかったのだ。


1963年生まれの彼は、旧ソヴィエト連邦で一家の長として生まれた。
幼い頃は体が弱かったが、ある日柔道と出合い、たちまち頭角を現す。
柔道やサンボの選手として活躍する一方、法科大学に進むためクラスノヤルスクに行くが、
そこで医科大学の建物に衝撃的なインスピレーションを得て、その場で医者になることを決意。
しかし、願書を提出しに行ったところ、事務員に門前払いをくらってしまう。

・・・・彼が、北コーカサスの、チェチェン‐イングーシ共和国の出身だったからだ。

チェチェンの実情については、私も含めたほとんどの日本人は知らないだろう。
この書は、その後の戦火を生き延びたチェチェン人医師の自伝であると共に、
チェチェンの苦難の歴史と現在、その特異な伝統的風習や倫理観などを、
チェチェンの側から発信した貴重な書物であるようだ。
上で述べたように、ソヴィエトで暮らすチェチェン人たちは、共産国家体制の万人の
平等の理念の下でも、あらゆる場面で厳しい差別や偏見にさらされてきたらしい。

この本の巻頭には、16世紀イワン雷帝の時代から続くチェチェン抵抗の歴史の
解りやすい説明があり、また著者本人の父祖の代がスターリン=ベリヤの時代に直接経験し
た信じがたいジェノサイドの記憶、それを、親から子へ語り継ぐ風習について詳しい記述がある。
よって、チェチェンについては、場所も言語も宗教についても何ひとつ知らなかった
読者も、容易に以後の彼の語りに耳を傾けることができる。

やっとの思いで医学を修めた彼は、ペレストロイカからソ連崩壊に至る激動の時代を、
モスクワで売れっ子美容整形外科医として順調に泳ぎ渡ってゆく。
映画スターや成金家族を顧客に持ち、予約は数カ月待ち。
副業にも手を出し、一時は運転手つきのリンカーンに乗り、寝室が4つある家に住んで、
イタリア製の靴をはいた。

この本には著者の少年時代から現在までの白黒写真が収められているが、
その憂いを含んだ眼差し、なかなかの男前ぶりにはうっとりさせられる。
身長170cmと背丈は低いが、格闘技で鍛えた頑丈そのものの体躯をした、水も滴るいい男!
こんな美容整形外科医がメスを握ったとたん、自分をあっという間に美女に変えてくれるのですよ。
当然ながら、成金奥様方からその種のお誘いもあったはず・・・と想像するが、
いかがでしたか?ドクター・ハッサン。


だがエリツィン=ロシア連邦の時代がくると、チェチェンでは分離独立運動が激化して
ロシアが軍事介入する「第一次チェチェン紛争」が勃発、これまでも充分波乱万丈だった
彼の人生は、ここからさらに尋常でない方向に向かう。

彼の波乱の人生をイマ風に書くとこうなるだろう。
虚弱体質で病気に次ぐ病気→柔道と出合い、ソヴィエトチャンピオンに→医学の道へ
→モスクワで美容整形外科医として大成功→戦時下のチェチェンに戻り、多くの負傷者を
治療する→ロシア人医師の捕虜逃亡を助け、処刑寸前に→重いPTSDで
モスクワの精神病院に入院→メッカ巡礼→第二次チェチェン戦争で再び激しい砲火の下、
負傷者の治療に奔走、ミサイルの直撃もくらう→ロシア、チェチェン双方から命を狙われ、
アメリカに亡命→人権活動家として表彰され、世界にチェチェンの現状を訴える一方、
医学復帰を目指す(←イマココ)

そう、彼はヒポクラテスの誓いを守り、いかなる苦況にあっても医師として治療を
やめず――サワークリームで患部を洗浄し、家庭の縫い糸を消毒して傷口を縫い、
暗がりの中で患者の足を切断し、大工が使う鋸を使って頭蓋骨を開き脳外科手術をし、
27時間飲まず食わずぶっ続けで手術を行って気絶すると、看護婦が病院の外で
雪で顔をこすって起こし、多い時は3日で70数件の手術を行った。
その際の患者は、兵士も市民も関係なく、チェチェン人とロシア人の区別もなく、
時には栄養源でもある牛に突き刺さった爆弾の破片も取り除く。
(牛の飼い主は人望厚い婦人だったが、後年正体不明のグループにより射殺されてしまう。)

そして、彼はチェチェン人として、イスラム教徒として、一家の長としての責務を
果たすこともやめない。
戦時下の非寛容な状況のもと、ロシア人を治療したかどでチェチェンの急進派からは
裏切り者呼ばわりされ、ロシアからは無論チェチェンの要注意人物として、
ハッサン・バイエフには常に生命の危険がまとわりついていた。
止むなくチェチェンを脱出した彼は、2000年、ついにアメリカに亡命する。
(チェチェン脱出を助けたロシア連邦保安局の将校は、妻とともに殺害され、
遺体をチェチェン人墓地に投げ捨てられたという。)


このように表現するのは非常にためらわれるが、しかしこの本は、手に汗握る事態の
展開といい、著者のめまぐるしい運命の変転の妙といい、一度読み始めると猛烈に面
白く、まさに巻を措く能わずで、いつの間にか50ページ、70ページと読み進んでしまう。

チェチェンの伝統的風習――略奪婚(著者は略奪から救い出したこともあるし、逆に
略奪に加わったこともある)、血の復讐のしきたり、女性がスカーフを投げ捨てる仲
裁の方法、一族の長老の役割り、そして、客人を無条件に歓待し、彼らの要求は、
どんなに理不尽なことでも従わなければならないことなど、大変に興味深い。
また、メッカ巡礼の際のカアバ神殿での神秘体験や、爆撃を予知してしまうなど、
霊的な体験も何度か語られる。

驚いたのは、ロシアによるチェチェンの言語統制のため、チェチェンに暮らすチェ
チェン人であっても、満足なチェチェン語を話せない人々がとても多いということだ。
著者がメッカ巡礼の際に世話になった亡命チェチェン人の一家は、
チェチェンを離れたがために、今も美しい正統派のチェチェン語を話しているという。
まったくこの本は、やべぇ、おもしれぇ!と、どこをとっても驚くべき書物だった。


ハッサン・バイエフはまだ40代の後半だ。
米原万里は、その著書の中で彼の事を「ブラックジャックのチェチェン版」と紹介していたが、
これまで尋常でない人生を歩んできた彼が、このまま一介の亡命医師として
静かに年を重ねてゆくだけだとはとても思えない。
これからは、チェチェンに関するニュースに触れるたびに、彼の事を思い出すだろう。

ネットで調べたところ、ハッサン・バイエフ医師は、この本を出したことがきっかけで二度、
講演と医療研修のために来日しているらしい。
初来日を果たしたその日、柔道家でもある彼は、あこがれの講道館に宿泊して稽古を行った。
「八山」と漢字で名前を入れてもらった柔道着を持ってエレベータに乗ろうとしたその時。

なんとたまたま来日していたロシア人柔道家、かつてソ連のナショナルチームの
一員として共に稽古をしていた人物に、20年ぶりで鉢合わせしたそうだ。
ありえね~~~~っ!!
 
 ☆44ヨシモトのMixi日記は → コチラ

スポンサーサイト

テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://marmadays.blog2.fc2.com/tb.php/431-b3920796
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)