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読書会「おもしろ本棚」のメンバーが、思い思いに「本」「映画」「モノ」「コト」を素顔で語ります☆

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おもしろ本棚 Ver.2 <よりみち篇>
「おも本」メンバーが、本・映画・ドラマなどなど、熱く思い入れを語る<よりみち篇>。
橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社、2016年)


冒頭のっけから個人的な話で恐縮です。

それはインターネットなんて想像もできなかった頃のこと。今では自分の意見や感想、創作などを不特定多数の受け手に向かって伝えるツールとして、ブログやホームページ、あるいはお手軽なツイッターやフェイスブックなんかがあるけれど、投稿が唯一の手段だった頃のこと。日記に書き連ねてもそれは自己満足に過ぎず、せっせと深夜放送や雑誌に投稿し、放送されたり掲載されたりすることで一喜一憂していた頃のこと。でも何となく物足りなく感じ始めていた頃のこと。――そんなある日、天啓が降りた。「そうだ、自分で雑誌を作っちゃおう!」
 
 
さて、本書は一言で言ってしまえば、今も続いている音楽雑誌『ロッキング・オン』の創刊奮闘記。1972年8月に、一冊150円、3000部で本誌を立ち上げたメンバーは、「異質な個性と方法論が対立しつつ結ばれていた」渋谷陽一、岩谷宏、松村雄策、それに本書執筆者の橘川幸夫の四人組。30ちょっと過ぎの岩谷を除けば、皆んな20代の若者たち。音楽雑誌と言いながらも、音楽への興味もアプローチもまったく異なる四人組に共通するのは、「時代の可能性と出会うメディアを作り続けたい」という思いだけ。

無鉄砲で後先を考えず、出版業界の常識もなんのその、勢いだけで一冊の雑誌を創り上げてしまうところなんか、同年創刊の『ぴあ』や、後発の『ぱふ』(1974年)や『本の雑誌』(1976年)にも共通するエネルギーの奔流を感じてしまう。パルコという強力な後ろ盾を持っていた『ビックリハウス』(1974年)は別にして、先行した『話の特集』(1965年)も『面白半分』(1971年)も、赤字続きのミニコミ誌ばかり。それでも何とか商業ベースに乗っていただけでも幸運だったと思う。実際、当時からミニコミ誌専門書店だった新宿の摸索舎には、多種多様な商売にはならないような雑誌が並んでいたのを思い出す。

ああ、それにしても、70年代は本当に面白い時代だった。雑誌も映画も音楽も、およそすべてのメディアの中から、それまでの一般大衆向けマスメディアではない、もっと作り手側の主義主張に特化された、一部の限られた読者向けに舵を切った、後にサブカルチャーと呼ばれるメディアがいっせいに花開いた時代だったと思う。「異質な人材を集めて、それぞれのワガママを個性として表現し、全体でハーモニーを奏でるロックバンド」のように疾走し、ときに迷走する70年代の『ロッキング・オン』だけど、インターネットの登場によって急速にその意味を失っていくのも、時代の流れゆえか。同時に、それは一つの雑誌に違う夢を見ていた四人組の限界でもあったようだ。企業人として成功した渋谷を残し、他の三人はそれぞれが異なる道を歩み始める。


ところで、ぼくの雑誌はどうなったかって? ミニコミ誌作りのバイブル、『別冊宝島26 メディアのつくり方』を購入し、仲間を集め、編集方針を固め誌名も決めたまでは順調だった。でも、たどり着けたのはそこまで。創刊すらできないままに夢は潰え、あとはダラダラの日々。ちなみに幻の誌名は『玉手箱』。開けたら何が飛び出してくるのかわからない、何でもありの驚き満載のミニコミ誌をめざしていた。毎号のカバーには、乙姫様に扮した可愛い女の子が玉手箱を持ってニッコリ微笑む写真。そんな雑誌、あなたは読んでみたいと思いませんか?

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テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

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